J’s Café & 石巻カルバリーチャペル

J's Café & 石巻カルバリーチャペル

カフェのオープン目指して J’s Café

在日20年のギデンス リチャードさんと日本人の妻、恵美子さん。お二人は横浜から拠点を石巻に移して現在は大街道に住みながら、渡波小学校向かいの交差点、角にあるJ’s Caféのオープンに向けて少しずつ準備中だ。

リチャードさんは、震災後、アメリカに拠点に置く‘サマリタンズパース’という災害支援団体のスタッフとして、登米に設けたベースから、2011年7月から2012年9月まで、石巻市内の約25軒の住宅の泥出しや片付け、そして工事までおこなった。その後は個人で建築の仕事をしながら、教会の働きもしている。奥さま、恵美子さんも2012年12月に石巻にやってきた。


新しい仲間について

横浜にいた時にはどんな仕事をしていましたか?
「20年前に宣教師として日本に来た経緯もあり、長年に渡り、結婚式司式の牧師の仕事をしていました。妻は行政書士の資格を持ちながら、会社勤めをしたり、中高生に勉強を教えることも好きですので、塾での講師の仕事もしていました」

現在の仕事を教えてください。
「サマリタンズパースでの仕事は、泥出しから片付け、そして建物の消毒、断熱材を入れて石膏ボードを貼る、そのようなところまでやっていました。建築関係の専門学校を卒業して、ホームビルダーだった父の影響でいろいろな事ができるようになりましたので、その技術を活かして、今は個人で建築の仕事をしています。それと同時にカフェのこと、木曜のバイブルスタディ、日曜の教会礼拝もおこなっています。妻は中学生の家庭教師を現在6件持っています」

カフェについて教えてください。
「カフェのオープンに向けて少しずつ準備しています。内装が少し進みましたので、待望のエスプレッソマシーンを最近設置して、とってもカフェっぽくなってきましたが、ショーケースやカウンターなども欲しいと思っています。カフェでは美味しいコーヒーの他、紅茶なども多種揃えてお出しできるようにしたいですね。現在は、建築の仕事と同時に、カフェの内装工事を自分でやっています。建築の仕事はこの先どうなるかは分かりませんが、カフェをオープンさせたら毎日開けて、早朝から夜まで、例えば朝6時頃から夜9時頃までの営業時間でやりたいです。お客様がくつろげてリラックスできる場所になったらいいな、と希望しています。今はまだ考えている段階で何も進んではいないのですが、将来は二階のスペースで学習塾ができたらいいなとも思っています。」

カフェと教会をするいきさつを教えてください。
「震災後に、東京にある国分寺カルバリーチャペルという教会と、このビルのオーナーさんが出会い、片付けなどの手伝いをさせていただいたことが借りるきっかけとなりました。東京の教会と繋がりを持ちながら、現在ここで二年以上、石巻カルバリーチャペルとして、日曜の午前11時から礼拝を毎週行っています。東京の教会のリーダーとも、将来はカフェにしよう、ということで話が進んできましたが、実は私個人的にもカフェをひらく興味があったので、数年前からコーヒー豆のこと、コーヒーマシンのことなどいろいろ調べていたんです。いい豆も見つけていましたしね。本当に神様の導きは素晴らしいな、と思っています」

イベントなどもおこなっているのですね?
「平均して月一度は行ってきています。クリスマス会や、音楽コンサート、映画鑑賞会、旧正月イベントなどです。4月8日には渡波小学校の入学式に合わせて、始めてエスプレッソマシンを使ってコーヒーを出すイベントを行いました」

将来は渡波がどんなところになったらいいと思いますか?
「地元のたくさんの方に神様の愛を体験して欲しいと思っています。ずっとお家の掃除からお手伝いしているので、目に見えて、町は綺麗になってると思います。でも、一人一人のことを神様が愛している、ということを体験して、希望を見出して生きてほしいと願っています」


編集者から

「『横浜に自宅があったので、将来はずっとそこに住んで生活していくと思っていましたが、このように石巻に来ることは神様の導きだと確信しています』と語るリチャードさん。自分の今までの生活を投げ打って石巻で困っている方々のために働き、こちらでの移住を決心されたその信仰を見せていただきました。無事にカフェをオープンさせてたくさんの方々が立ち寄って美味しいコーヒーや紅茶を飲める日を私も楽しみにしています」


DATA

J’s Café & 石巻カルバリーチャペル

所 在 地: 石巻市渡波町1-9-2ヤマゲンビル
TEL: 090-6522-4175

お好み焼き 福来

お好み焼き 福来

おひとり様から家族連れまで気軽にどうぞ

「震災後、昼間は食べるところが少なくなり、夜も真っ暗で、近い将来にはこの地域に公営住宅もできて人が増えていくので、みんなでワイワイできるようなそんな憩いの場があったらいいなと思いました」と、賑わう地域に、そして笑顔が増えていくことを願って「お好み焼き 福来(ふくろう)」を開店させた店主の齋藤ひろみさん。

自宅の敷地内にあった倉庫を改装して、店舗へと作り替えた。店内は様々なお客さんに対応できるよう、設計に半年間、時間を費やした。足に負担をかけないための掘りごたつ。赤ちゃん連れでも安心なチェンジングシート備え付けのお手洗い。特に女性の方が鉄板焼きのにおいを気にされないよう、上着をかけるクローゼットなど、様々な気配りが行き届いている。


仲間について

いつオープンしましたか?
「今年の3月20日です。震災前は私は普通に勤めていました。私はずっと自分の店をやりたい、と思っていたというよりも、一度以前の職場のみんなでお好み焼きを食べに行って、とても楽しかったので、そんな場所があったらいいな、と思いました。自宅にあった倉庫を改装したのですが、たくさんの方が気軽に来られるようにしたかったので、店内を工夫しました。25席ご用意しています。貸切にも対応させていただこうと思っています」

メニューを教えてください
「お好み焼きの種類は、豚玉、ミックス玉、えび玉、いか玉、そして焼きそばの麺が上に乗ったボリュームがあるモダン焼きなどがあります。人気メニューは、明太子餅チーズ玉、キムチの入った豚キムチ玉です。鉄板で4、5人で一緒に食べられるもんじゃ焼きもご用意しています。少し変わっている、カルボナーラもんじゃ、特に人気の餅明太子もんじゃ、カレーもんじゃなどもあります。その他、焼きそば、焼きうどん、など鉄板を使った一品料理もございます。夜いらっしゃるお客様にアルコールも豊富にご用意していますし、また、女性や運転される方にも楽しんでいただけるようにもノンアルコールなどもあります。ご家族連れからお一人様までくつろげるようメニューを豊富に揃えています」

店内に入らず、持ち帰り用を注文できるカウンターもありますね
「はい。お好み焼きや焼きそばはもちろんですが、クレープも用意しています。中高生など、お腹が空いた時に、立ち寄ってくれるといいですね。夏にはかき氷をメニューに入れるつもりです。若い人から、一人暮らしのお年寄りまで、散歩がてら買って行ってくれると嬉しいです。また、外でお待ちいただく方のために、雨避けになるようなビニール性の屋根もつけようかと考えています」

仕入れはどこでしていますか?
「なるべく地元の物を使いたいと思っていますので、地元で仕入れています。農家さんと契約もしたいのですが、なにせオープン仕立てで、まだどれだけ受注したらよいか分からないので、少し様子を見ながらです。地元がみんなで元気になっていったらいいな、と思います」」

ここで頑張ろう、と決めた理由は何ですか
「引越した方がいいか、という意見も家族の中で出たこともありました。でもここは私にとって、生まれ育った場所なので、こういうことになったから出ていこう、と言うのは私の中では納得いかなかったんです。家は直せば何とかなるので、直してとにかく住もうと思いました。お店もすぐに始めようと思った訳ではなく、震災後2年経って少しずつ見通しが立ってきた頃に、考え始めました。集合住宅や、個人の方のお家などの建設工事の方たちが疲れをとりながら、ゆっくりご飯食べれる所ってあまりないですし、近所の方も散歩して立ち寄れる所があったらいいな、と思うようになりました」


編集者から

「外からみるとコンパクトに見えますが、中に入ると大きく感じます。来られるお客様一人一人のニーズを考え、限られたスペースを有効に使ったアイディアいっぱいのお店です。そこから齋藤さんの暖かく大きな思いやりの心がひしひしと伝わってきました。四季を通して、楽しくのんびりできるお店です。お好み焼きを囲んだ皆さんの笑い顔が目に浮かんできます。たくさんの方々と地元に愛される店になるよう応援していきます」


DATA

お好み焼き 福来

所 在 地: 石巻市渡波字黄金浜77-2
営業時間: 11:00~23:00(22:00オーダーストップ)
TEL&FAX: 0225-24-3437
休 日:

ABC美容室 & ABC治療院

ABC美容室 & ABC治療院

渡波で60年愛されてきたABC美容室

美容師、内海博恵さんはお母様が60年ほど前に渡波2丁目で始めた美容室の二代目として店を構えている。店舗は牧山トンネルからイオン石巻東店に向かう国道より北側の中通沿いにある。爽やかな白を基調とし、ブルーグリーンのアクセントがある外壁のおしゃれな店構え。「ABC美容室」というアルファベットを使った店名は、博恵さんが物心ついていた頃にはお母様が付けていたそう。昔からおしゃれでハイカラなお店は、お客様は幼稚園児から年配の方、男性まで幅広く、カット、パーマから着付け、そして老人ホームに出張も行う人気店だ。

博恵さんのABC美容室と、旦那様の信弥さんの針灸マッサージを行うABC治療院が一緒になっているが、「ここに来れば何でも出来るという場所を作りたい」という夢も持っている。「本格的なサロンではなくても、プチエステができたり、ネイルやまつげパーマもできる。そしてカフェで美味しいものを食べながら、お洋服もアクセサリーも見れる、そんな場所があったら忙しい女性にも喜ばれるかな、と思うんです」


仲間について

震災の日はどのような状況でしたか?
「幸いにも、その日はお客様はカット希望のお客様だけでしたので、パーマやカラーリングのお薬を使ってはいませんでした。もし使っていたら洗い流すことも出来なかったでしょうし、頭皮にも良くなかったと思います。お客様たちには地震の後にすぐにお帰りになっていただくことができました。そして、三月は卒業式シーズンで、着付けのためにお客様からお着物をお預かりしていました。津波が来て、そして少し収まった時、店の外は腰まで、店内は膝の高さまで来た水が、完全には引いていない中、ジャブジャブ請いでそのお着物を取りに来ました。レンタルの着物は低い所に置いていたので、だめになってしまいましたが、お客様のはハンガーに掛けていましたので、水には浸からず、すぐに頭に乗せて持ち出すことが出来ました。後で聞くと、お客様のご自宅は半島で流失してしまったので、残ったものがその一枚のお母様の世代からの着物だったと聞きました」

お母様の世代から親しまれている美容室ですね
「以前は、若い世代に来てもらって、新しいスタイルを追っていかないと商売成り立たないのではないか、と思うこともありました。でも、特に震災後に年配の方が、『通っていたお店がもう無いので、どこに行ったらいいのかな』と思っていたと聞きました。この店は母の時代から長くあるので、知っていてくださり、こちらに来て、『ここに来たらいいんだな』って言ってくださって、とてもありがたく思います。そのような方々を大切にしていきたいと思っています。私は、母を震災の年の9月に失い、母の世代の方がいつも綺麗になって帰って行くのを見る度に、胸に来るものがあります。母を亡くしてからそのような気持ちが強くなりました。家族みんなで震災を乗りきったけれど、母に大きなストレスがあったのではないか、という後悔の気持ちもあるんです。だから余計そう思うのかもしれません」

ABC治療院について教えてください
「電話予約制になっておりまして、こちらの美容室の奥で治療致します。針、灸、マッサージを行います。こちらの店舗での美容室、治療院は来年で10周年ですが、それ以前は宇田川町に母が切り盛りする本店、立町のグランドホテルの向かいにABCネクスト、という支店を私が店長として営業していました。そこで治療院を併設しておりました。その時代から、男性のお客様だけでなく、たくさんの女性のお客様にも安心してご利用いただいております」

美容師の仕事は好きですか?
「好きですね。昔から母が仕事をしているのを見て、食べていくならこの仕事がいいな、と思っていました。
最近になって私の小学生の頃のアルバムを見て、『美容師になって海外に支店を出せるようになること』と書いていたのも見つけました。ずっと思い描いていた仕事をしているんだな、と思います。海外にはお店を出せてはいないのですけれどね(笑)。でもこの仕事が好きだから付随する仕事も苦にはなりません」

次世代に何を残したいですか?
「難しい質問ですね(笑)。私はお客様に喜んでいただきたい、という思いで仕事をしていますが、若い世代の方には、前の世代が培ってきた思いや経験を受け継いでいってくれたらいいな、と思います」


編集者から

「内海さんが『こちらの美容室から二人のスタッフが独立して自分のお店を持って、とても嬉しく、良かったと思います』と言われ、また、私が取材させていただいた日は、一人のスタッフの方の誕生日で、内海さんはその方が帰宅する際に『誕生日おめでとう』と声をかけていらっしゃいました。多くのスタッフの方にも信頼され、お客様からも愛されている温かい印象を受けました。生まれ育った渡波で、今後もやさしい笑顔を皆さんに与え続けられるように応援していきます」


DATA

ABC美容室 & ABC治療院

所 在 地: 石巻市新成2丁目5-4
連 絡 先: 0225-24-1114
営業時間: 美容室 受付 9:00-18:30 治療院 要電話予約
休 日: 月、第三日、月、第五日

NPOワタママスマイル

NPOワタママスマイル

渡波のお母さんたちの笑顔 ワタママスマイル

代表を務める菅野芳春さん。渡波小学校が避難所だった頃に知った人もいるだろう。彼は山形出身の東北人。震災をきっかけに石巻にやって来た。菅野さんはJICAからの青年海外協力隊の活動を通し、2005年からアフリカに2年3ヶ月住み、震災以前は沖縄からガーナ支援をしていた。経験してきた支援活動では、どのように人々を支え、手助けしたら良いのか学び、この震災ではそのスキルが役立っている。

渡波小学校が避難所になっていた頃、炊き出しをするのはボランティアだけでなく、自分たちの食事を作るのは自分たちで、という考えのもと、避難所にいる方々20人ずつ当番制で1500人分の食事を作っていた。しかし、避難所での生活が長くなり、その当番制でうまく回らなくなった頃、どのようにしたらみんなで前を向いて行けるか模索した。その中から生まれた「ワタママスマイル」。避難所の炊き出しからお弁当販売のビジネスに繋がった。地元の方々が考え、話し合い、決定する。それがキーだ。


仲間について

震災が起こり、どのようにしてこちらに来ましたか?
「沖縄に拠点を置いて、サトウキビを使って黒糖を作るというガーナの方々のための自立支援をしていました。震災で、東北に家族や友人がたくさんいましたので、何とかしたい、と青年海外協力隊で一緒に働いたことのある仲間たちに声をかけ、『協力隊OV有志による震災支援の会』を作りました。こちらに来てからは石巻専修大学のグランドにテントを張って、支援を始めました」

お弁当を売り始めたのはいつですか?
「2011年11月21日に渡波駅近くで、女性4名と男性2名の配達員のスタッフでお店をオープンしました。一日40食から始め、二ヶ月で200食、三ヶ月で300食になりました。ですが、借りていた建物は津波被害があったため解体となり、閉店せざるを得ませんでした。その後は『また店をやらないの?』『やってほしい』などというリクエストが多く、二年間の準備期間を経て、4月20日にこの場所でオープンしました。場所を探すのに苦労したり、建物のための金銭的な問題もありましたが、企業などから寄付をしていただき、ここまで来ることができました。スタッフは以前のメンバーもいますし、新しい人もいます」

どうして避難所にいる方が中心となって炊き出しを?
「震災前には、大体の方は自分の食べ物は自分で用意していましたよね。そう考えると材料があれば皆さんでできると思ったんです。私は仕入れだけ一生懸命やりました。それは皆さんにとっても、ただもらって食べるということを続けていくことは、あまりいい影響はないと思ったんです。ガーナでも、物資の支援などを続けると、貰い慣れしてしまう。自分で働く喜びを知ることで自立していく。だから同じ考えで、皆さんに考えてもらって、決断もしてもらう。私はそのような支援の仕方が本当に皆さんの益になっていくと考えていました」

お弁当屋さんというビジネスに繋がっていった経緯は?
「避難所で炊き出しをするメンバーは最初は当番制だったのですが、ボランティアスピリットがある同じメンバーに固定されてきました。その方々は奉仕の心でやっていましたが、やはり負担が大きかった。そこで、どうしたら良いか、メンバーは考えました。自衛隊に助けてもらおうと思ったけれど、1500人分毎日食事を作るキャパシティも無く、難しいという回答を得ました。そこで、私にどうしたらいいか一任してくださいました。ここまで来たので、それを皆さんの仕事にして、時給を支払うと決めました。10人を避難所の中から、また10人を自宅避難者の方々から選考しました。きっと外から来たボランティアを何とか集めて食事を作る、ということもできたと思います。でも、辛い思いをしている方々が仕事をすることに意味があったんです。『死ぬことを考えていた毎日から開放され、存在感を取り戻した』という方もいました。『美味しかった、また食べたい』という声を聞くことで喜びも感じて、また頑張ろう、と希望も存在意義も出てくるのです」

これからはどのようになっていくと思いますか?
「このように将来に向かって進むことが、第一歩になる。そして復興につながっていくと信じています」


編集者から

「私はこの震災があった地域を『被災地』、被災された方を『被災者』とは呼びません。そのように住民の方々が呼ばれることは、きっと『自分たちには力が無い』と感じるのではないかと思うのです。ここに住んでいる方々には、たくさんの素晴らしい経験があり、腕があり、教えられるスキルや、大事に思っているものがある。そのようなことが復興のきっかけとなるのです。この地域を元気にできるのは住民の方々です。ワタママスマイルの皆さんが新たな希望を見出したように、ここ石巻、宮城、東北が元気になるよう取材を続けていきます」


DATA

NPOワタママスマイル

所 在 地: 石巻市幸町2-3
連 絡 先: 080-3320-1478
営業時間: 8:00-17:00(当日の注文は10:00までにお願いします)
休 日:

さとやクリーニング & ホワイト急便 & 石巻ロックセンター

さとやクリーニング & ホワイト急便 & 石巻ロックセンター

お茶屋さんから始まった鍵屋とクリーニング屋さん

内田豊さんと奥さまのひとみさんが営む二つの鍵屋とクリーニング屋さん。豊さんは女川出身。静岡出身のお父さま、女川出身のお母さまの間に生まれた。お父さまが女川や出島でお茶を販売していた経緯もあり、ここ鹿妻南で遠州園茶舗という店を構えていた。豊さんはクリーニング店を30年以上営んでいるが、震災を乗り越え、ひとみさんと二人三脚で忙しい日々を過ごしている。

鹿妻南地区の町内会にて地域のことを考え、仕事もこなしてきたが、将来の若い世代がこの町をどのようにしたらいいか、そんな将来を担う若者が育つことを望み、店も震災前の状況に一歩でも近づいていけるよう奮闘している。


仲間について

クリーニング店、二店と鍵屋を営業されているのですね。
「はい。ホワイト急便と、地元のさとやクリーニングの取次店をやっています。現在ホーマック石巻東店があるところに8、9年前まではタカカツというお店ががあり、その中で、さとやクリーニング店と石巻ロックセンターをやっていました。忙しいのですが、クリーニング店が二つあったおかげで震災時には一つの会社が動いていたので助かりました」

お休みはいつですか?
「基本的には毎日店を開けています。休むことも必要なんだろうけれど、このような仕事では、今日は忙しいけど明日はそうじゃないかもしれない。震災後は、特に震災前のように元通りになることが目標で、やっぱり不安もあるから毎日働いていたいのかもしれません」

夢は何ですか?
「まずは震災前の状況に戻すことが目標です。遠くて大きい目標よりも、まずは毎日の生活を立て直すことが一番だから少しずつ前の状況に戻せるようにしていきたい。それが夢というか、私の希望です」

この地区、そして石巻がどのようになったらいいと思いますか?
「現状で自分たちがやれる範囲はだいたい決まってるから、それぞれが頑張って復活していって、石巻全体が盛り上がって来ればいいと思う。そして、やはりここは水産の町で、全ての仕事が繋がっているでしょう。漁船が多く入って、魚がたくさん上がってくればみんな潤うと思います。水産加工、箱屋、運送など市場につながってるから、うまくまた回るようになったらいいと思います。油も高くなってるから、本当にいろんなことが絡んでます。そして私個人的には、町内会の役員をもう長い間やっていますが、若い人が地域のことを考えていき、世代交代していきたい。次世代を担う方々にどんどん活躍して欲しいと願っています」

次の世代に残したいものは何ですか?
「大きいものではないですが、娘、息子たち、そして孫の世代には真面目に働く、ということを伝えていくことですね。他人に迷惑をかけない、ということ。夢ばかり見ない、でも足元も見すぎない。ちょっと先を見ながらやっていくこと。何か物を残すということではなく、生き方ですね。そんなことを伝えていきたいです」


編集者から

「『神輿はひとりで担げないでしょ。みんなでやらないと持てない。だからこれからの地域のことも、みんなで考えていくことが必要です』と言われたことが印象的でした。責任や役割を少数の人が持つのではなく、たくさんの人が地域に興味を持って、ビジョンを共に持って歩むことでみんなでその重さを分け合っていく。それができるようになるために、お互いの思い、地域に対する夢を持つことができたらどんなにか素晴らしいでしょう。地域が繋がるよう私たちも働いていきます」


DATA

さとやクリーニング & ホワイト急便 & 石巻ロックセンター

所 在 地: 宮城県石巻市鹿妻南3丁目1−8
連 絡 先: 0225-94-0824090-9635-1638
営業時間: 7:00-19:00

株式会社 みなとモーター

株式会社 みなとモーター

震災後に戻った三代目と60年の歴史を率いて明日を見て

三代目阿部瑞樹さんは写真の前列左から4番目。お祖父さんが初代社長で始められ、昨年4月に創業60周年を迎えた。現在はお父様さだおさんが社長を務めている。みずきさんは震災当時は仙台で別な仕事で働いていたが、地元に帰ってきた。震災では、納車ために仕入れていた車など40台が津波で流失し、その多額な損害と、整備する設備や工具も再度の購入、建物などの修繕などにも大きな負担がかかった。そのような状況だったが、従業員を一人も失わなかったことが本当に嬉しかった。社長の「続けて頑張っていく」、という決心に、家族と従業員全員が共に支え、新たな状況で前進している。

みずきさんは、30代までの若い経営者などが参加する石巻青年会議所に所属し、これからの石巻の復興を共に考えたり、情報交換や交流のための会に積極的に参加したい、と前向きだ。


仲間について

再開したのはいつですか?
「建物に3mの津波が入り、この地域の電気や水道の復旧に半年かかり、家族の住宅が一階の工場の上の二階ですので、本当に生活は大変でした。会社も2012年1月から建物の中を修理し始めて1月5日から再オープンしましたが、整備等が全くできなかったので販売を中心に始めました。落ち着いたのは一年経ってからくらいです」

お店のスケジュールを教えてください
「年末年始以外は無休で営業しています。8時半から17時までですが、お客様に合わせて時間外でも対応させていただいています。年間通してみると、2、3月が忙しい時期です。年度末に車の買い換え、車検対応など多くあります。タイヤ交感も4月までありますね。そして、特に今年は消費税が上がることで3月は忙しかったです」

こちらの会社の特徴は何ですか?
「お客様がこちらに来てくだされば、お車に関しては、ここで全て揃うということはいいところだと思います。買い替え、整備、修理と何でも相談できますので、そこがうちの一番の取り柄ですね。そして、私も三代目で、昔から信頼してご愛顧くださっているお客様もおりますので、大切にしていきたいと思っています。この地域の被害が大きく、お客様だった住民の方も減ってしまったので、新たな開拓もしていかないといけないと思っています」

石巻がどのように変わっていったらいいと思いますか?
「人が増えていけばいいな、と思います。石巻は田舎なのもあって、全体的に若い人が減っていると思うので、過ごしやすい、暮らしやすいところになっていけば自然と人が増えていくのかな、と思います。道路の拡張工事など、公共整備もされ、住宅地も整えば、仮設住宅から落ち着いた住まいに多くの人が移って、まずは人に戻ってきてもらいたいです。住宅を建てては行けない場所や、津波が来た所で人が住みたがらない土地を、国や自治体が買い取って商業施設にして、人が集まる場所をつくり、賑やかになっていったらいいな、と思います。食べ物もとても美味しい所ですので、たくさんの人の往来があって明るくなっていくことを望んでいます」

地元の方々に知ってもらいたいことはありますか?
「『私たちは変わらないで営業しています』、ということですね。お店の目の前の国道398号線は、通勤などで朝と夜は交通量がありますが、昼は少ないですし、渡波地区から蛇田地区に行くには牧山トンネルがあるので、こちらをなかなか通らないと思います。なので、この湊地区で以前と変わらずやっていることを知ってもらいたいです。それが一番です」


編集者から

「こちらの会社の取材を紹介してくださったのは、栄田に住む、阿部瑞樹さんのお母様の同級生の方でした。震災よりももっと以前からそのように地元で愛され、地元に根ざしている会社が、ますます愛され繁栄していくことを願いながら、また新しい町並みでき、たくさんの人と共に暮らしていけることを一緒に願い、応援していきます」


DATA

株式会社 みなとモーター

所 在 地: 石巻市湊町三丁目1番4号
TEL: 0225-22-3138
FAX: 0225-95-7590
営業時間: 8:30-17:00
休 日: 年末年始

ハイブリッジ

ハイブリッジ

この海の魅力を存分に語る ハイブリッジ

潜水士の資格を持ち、ボランティアグループとダイビングショップの代表を務める仙台出身の高橋正祥さん。高橋さんのお父さまは石巻出身。お母さまは南相馬出身。震災当時は神奈川県葉山(湘南そば)に住んで、ダイビングインストラクターをしていた。震災時はすぐに石巻で一ヶ月間会社を休んで片付けなどを手伝った。震災後に避難所でお祖母さまを亡くしたことをきっかけに、神奈川での綺麗な海に入っていても、宮城に戻って何かすることが自分の使命と感じ、一ヶ月に一度は神奈川から通い、捜索活動等に加わっていた。その経緯を経て2012年4月に拠点を石巻に移し、7月に店もオープンさせた。

「実際は海の仕事をしていたが、この震災があった海に入るのは経験した事が無く、透明度もなく危険で、最初は正直、恐怖心があった。しかし、女川や石巻の海で育ち、海に食べさせてもらった。だから今、行方不明者捜索、瓦礫撤去やビーチクリーンなど自分にできることもずっとやっていきたい」と生まれ育った愛する宮城が元気になってくれることを祈りながら、また美しい海へ戻したい、その思いが彼を動かした。


仲間について

ボランティア活動はどのような活動ですか?
「団体名は『石巻海さくら』と言います。行方不明者や手がかりになるような物の捜索活動や瓦礫撤去、ビーチクリーンを行っています。震災直後からは十三浜や大川小学校付近などで手伝わせていただきました。依然と行方不明の方が多くいるので続けてやっていきたいと思っていますし、最近では身分証明の入っている財布などや名前の書いた衣類、写真も見つけます。ビーチクリーンもやっていると手がかりになるようなものを見つけるときがあります。毎月一度やっていて、自由に誰でも参加できるので多くの方にもお手伝いいただきたいとも思っています。捜索に関しても、依頼はまだまだ来ます。行方不明者の家族の方の気持ちは変わっていないので、私も一緒に探し続けていきたいと思っています。捜索は本当に大事だと思っています」

ダイビングサービスを教えてください
「2012年4月にここ栄田に引越して来て、最初は作業ボランティアしながら準備をして、ダイビングショップを7月にオープンしました。基本的にファンダイビングのような楽しいレジャーのものと、ライセンス取得のための講習を用意しています。ライセンス講習はPADIを中心にオープンウォーター、アドバンス、レスキューダイバー、ダイブマスターコースがあります。レジャーダイビングは2012年8月から始め、去年は500名もの方に楽しんでいただきましたが、体験ダイビング、パドルボートなどがあり、秋にはサーモンスイムといって、ドライスーツを着て鮭の写真を撮るというものも始めました。ここは観光資源が無い、と聞きますが本当にポテンシャル(潜在能力)が高い地域だと思います。震災後は、宮城とカナダでしか見られなくなったクチバシカジカという魚や、ダンゴウオも見られます。三陸沖は世界三大漁場の一つです。親潮と黒潮がぶつかるところで、本当に様々な生物に出合える宝庫です」

どんな会社や組織が無ければ仕事ができませんか。
「漁師さんとのつながりは本当に大切です。船でダイビングスポットまで行きたい時には、漁師さんに船をお願いします。漁師さんが困った時にはお手伝いさせていただく、という関係です。先日も海の中で絡まったロープを切りに行ってきました。そんな関係でこれからもお世話になりたいと思います。そして地元の宿にもお客さんが来たら紹介させていただいています。海のレジャーがこの地域で特化するものになって、町全体が盛り上がっていければいいな、と思います。この場所は今、被災地と呼ばれています。いつまでそのように呼ばれ続けるのかなとも思いますし、私もそのように呼び続けることに疲れてしまいます。遊べる海になっていくこと、私たちもレジャーで楽しむことが大事だと思います。ただ楽しむことだけではもちろんだめだと思うので、瓦礫撤去や捜索、防波堤工事も手伝い続けていきます。その上でレジャーで外からたくさんの人に訪れてもらう。この地域のことを常々考えています」


編集者から

「いけすに網を張ってその中でマグロやマンボウも見ることができるファンダイビングなど、宮城のたくさんの魅力を語る高橋さんの海に対する想いは大きく、外からたくさんの人を呼び込みたい気持ちに私も賛同します。この地域のお手伝いをした多くのボランティアの方がまたここを訪ねたいと言っているのをよく聞きます。そのような多くの方を受け入れられる体制が、この町全体でできていけば、きっと賑わう地域になるはずです。それが実現できると信じています」


DATA

石巻海さくら & 宮城ダイビングサービス ハイブリッジ

所 在 地: 石巻市渡波字栄田146-8
TEL & FAX: 0225-98-5830
CELL: 090-6686-5411
石巻海さくら: info@i-umisakura.com
http://i-umisakura.com/
宮城ダイビングサービス ハイブリッジ: info@high-bridge1.com
http://high-bridge1.com/

ファミリーショップあんべ

ファミリーショップあんべ

大正から続く店、
ファミリーショップあんべ

安倍秀一さんと奥さま敏江さんは、秀一さんの弟夫婦と4人で店を切盛りしている。渡波3丁目に構えていた店舗は、震災後の5月末から準備して、6月に再オープンした。しかし、海から近いその場所は、地盤沈下のため満潮時には店舗の中にまで浸水し、営業がままならなかった。震災で、多くの住宅が流失し、お客様が減ってもなお、長年愛していた土地で店を続けたかった。そんな思いでの移転は、まさに苦渋の決断だった。国道398号沿い新店舗でオープンしたのが今年3月13日。お気持ちを聞いた。


仲間について

店を再開しようと思ったきっかけは何ですか?
「私にはこの商売しかできない、と思いました。なんとか震災後の6月に再開しましたが、渡波3丁目は、地盤沈下で満潮時には必ず冠水していました。最初は間に合わせの手動排水ポンプが設置されていましたので、水が上がってくると、すぐに店舗内も水浸しで排水作業と四苦八苦でした。2011年と翌年は低気圧と台風で、浸水がひどかったです。その後に少し性能の良いポンプになり、土のうが置かれたので入ってこなくなりましたが、大変でした。現在の場所に移ったのも、たまたま土地があったからなんです。3丁目で続けるか移転するかどうか、かなり迷いました」

お店の特徴は何ですか?
「お魚と青果が中心です。地元であがったお魚はおすすめですね。青果も毎日朝5時半に市場に行って仕入れてきます。その他、食品類、お菓子などが扱っている品目です。そして、電話で注文を受けて配達したり、来ていただいても帰れないお客様を送っていくこともあります。電話でなく、見て買っていただきたいということもあるので、どうしてもここまで来られないお客様には送迎したりします。毎回はできませんので、相談させていただいています。以前の渡波3丁目でお世話になっていたお客様も大切にしたいと思っていますので、どうしても来られない場合はその都度相談して対応させていただいています」

営業時間と休日は?
「朝10時開店で夜7時までやっています。毎朝、市場から帰って来るのが8時頃なので、9時頃からでもお客様対応はさせていただいています。休日は以前も日曜日でしたが、日曜日の買い物のニーズもお客様から聞くので、今は平日をお休みにしました」

この店の歴史を教えてください。
「私は三代目です。祖父の時代から商売の形態は違いますが始まりました。最初は豆腐屋として始まりましたが、祖父は明治生まれだったので、大正時代からの店です。私の父は大正生まれですからね。場所は渡波3丁目にあった店の近くに、最初の店はありました」

地元の方々に知ってもらいたいことは何ですか?
「この場所も被害が大きかった所ですが、ここに住んでいた方々にぜひ戻って来てもらいたいです。そして、私たちもここ地元で頑張っているっていうことを知ってもらいたいです。通りすがりに入って行ってくれる昔馴染みの方もいて、『店を再開できて良かったね』って声をかけてもらって嬉しいです。きっと海沿いは怖くて帰れないっていう方もいると思いますが、こうやってやっているのを知ってもらって、みんなが帰ってくるきっかけになったらいいですね。この地域がまた活気ある町になって、美味しいお魚を提供したりしていきたいです」


編集者より

「地元の美味しい魚と、毎日仕入れる新鮮な青果で、昔から地元に根ざした店が新たな場所で再開し、また歴史を刻んでいきます。宮城県の主な収入源は水産と観光です。それ以外の業種の個人経営の店や会社は、この震災後は国のフォローが少なく、大変な苦労をしています。私たちは、家族や個人経営で再建して頑張っている店や会社をこれからも続けて紹介していきます。ぜひ国道沿いに新たに構えた店、『あんべ』という看板を探して美味しい魚を買いにいってみてください」


DATA

ファミリーショップ あんべ

所 在 地: 石巻市浜松町2-44
営業時間: 10:00~19:00
休  日:

金ちゃん

金ちゃん

ちょうど渡波駅からまっすぐ北へ向かう道と、牧山トンネルからイオン石巻東店へ向かう道の交差するところに、トレーラーハウスで営業する「飲み処 金ちゃん」。中古車販売店の隣に位置し、きっと車の運転中に見かけたことがある人も多いだろう。そのオーナー平塚裕三さん、起子(ゆきこ)さんご夫妻にお話を聞いた。

裕三さんは以前は企業の会社員として勤務していたが、夜勤や土日勤務などのシフト勤務だったのため、なかなか子供たちに会えない日々が続いていた。子供の就寝後に仕事に行き、帰宅する頃には子供たちは学校や保育園にいる時間だった。現在3歳から8歳になる、かわいい3人の子供の成長を見守ることができず、子供たちと過ごす時間が欲しいと願っていたことと、昔から何か自分で商売をやりたいと思っていたことが店を始めたきっかけだ。居酒屋はちょうど4月で一周年を迎えた。


仲間について

もう一つ経営しているお店について教えてください。
「万石浦の自宅の前にプレハブで駄菓子屋をやっています。そこは震災の2011年12月から始めて、今年の12月で丸三年を迎えます。その店を始めたのは、震災前に子供たちが通っていた駄菓子屋さんが震災でなくなってしまって、子供たちがまた喜ぶところを今度は自分たちでやってみたい、と思ったのがきっかけです。たくさんの子供たちが来てくれています。営業時間は午後3時から5時までで、その後に居酒屋を開けます」

駄菓子屋も居酒屋も同じ名称ですが、理由は何ですか?
「私の父が金一という名で、『金ちゃん』と呼ばれ、親しまれていました。震災によって亡くなってしまっい、その父への想いを込めて、その愛称を店の名にしました」

居酒屋のメニューを教えてください
「焼き鳥がメインですが、刺身やホヤなども時期によってご用意しています。飲み物はビールや水割りなどをよくご注文いただきます」

居酒屋経営で難しいことは何ですか?
「ちょうど一周年を迎えましたが、まず無事にここまでやってこれた、という安堵感があります。難しいな、と思うことは、お客さんがいつどのくらい来られるか分からないことですね。すごく暑い日に、きっとビールが飲みたいって来る方がたくさんいるだろうと思っていたら予想外れだったり、雨がざんざん振りだから今日はだめだろうと思っていたら、結構来ていただいたり、それがなかなか読めないので、生ものを用意している時は難しさを感じますね。駄菓子は何ヶ月か賞味期限があるので、そのような心配は無いんですけれどね(笑)」

こちらのお店の良さは何ですか?
「大手チェーン店などはマニュアル化されていて、メニューなども決まった感じだと思うけれど、ここの良さは、その逆のオリジナリティですね。ここだからいい、っていうのを目指しています。お客さんも少しずつ常連さんができていて、とても感謝です。お客さんを大事にしていきます」

この地域に何があったらいいですか?
「遊ぶところがあったらいいですね。こちらから蛇田方面に遊びに行くけれど、あちらからこちらに遊びにはなかなか来ないですよね。実は、震災後にしばらく行っていなかった海辺にも一度行って、バーベキューをしたのですが、浜にいる時に震度5の地震が来たんです。楽しもうと思って行ったけれど、子供たちにもまだ震災のトラウマがある中で、また怖い思いをしました。何とか海も克服したいと思っていましたが、まだまだ安心して海を見ることはできないです。うちの飼い犬ですら敏感ですし、テレビの緊急地震速報も見ると、子供たちもびっくりして気持ちが苦しくなってしまいます。だから余計に、安心してのびのび遊べる公園などがあったら、子供たちにも親たちにも不安は無いですよね。家も少なくなって、灯りも無くて暗い場所もあるので、この地域に明るくて安全で楽しいところがあるといいと思います。」


編集者から

「店を始めたきっかけのひとつの『子供とパパの時間』、それを聞きとても考えさせられました。震災で家族がかけがえの無いものだと知ったからこその決断ではないかと感じました。取材させていただいた際も、子供たちが両親のそばで遊び、笑い声が絶えないその様子に暖かさがありました。駄菓子屋と居酒屋、人が多く集まり、賑やかな日々が続くよう応援します」


DATA

駄菓子屋 きんちゃん

所 在 地: 石巻市渡波字沖六勺1-76
TEL: 090-8235-5670
営業時間: 15:00~17:00
休  日: 土、日、祝

飲み処 金ちゃん

所 在 地: 石巻市渡波旭ケ浦176
TEL: 090-8253-5670
営業時間: 17:30~11:30(ラストオーダー10:30)
休  日:

宿 海星

宿 海星

新たな場所で、新たな名で光り続ける
「宿 海星」

写真左側、宿のオーナーの阿部百合恵さん。右に写るのはお手伝いの妙子さん。阿部さんは若女将としてこの宿を切り盛りしているが、実は牡鹿半島の小屋取浜にあった「民宿やまと」がこの宿の前身だ。阿部さんの旦那様の実家があったその小屋取浜は震災で甚大な津波の被害があり、22軒あった民家の半分が流失してしまった。阿部さんの自宅、民宿もそのひとつだ。

養殖業を営み民宿を経営している家族だが、ここに拠点を移した現在もここ新成から旦那様とお義父様が小屋取浜まで養殖の仕事のため通っている。三年かけて育てていたホヤなどを、あの日に一瞬にして失ってしまったが、再度、美しい海で獲れる最高のホヤの養殖を再開し、宿も名を新たにし、一歩を踏み出した。そんなひたむきな家族のストーリーを教えていただいた。


仲間について

震災時の様子をお聞かせください
「尋常ではない地震で、私たちはすぐに避難しました。津波も音を立てては来なかったので気がついたらあっという間でした。お義父さんは船を沖に出していたので、すぐに会えませんでしたが、浜から海を見て、遠くにあった船がお義父さんのだと分かったので無事だ、と確認しました。私たちは浜のすぐ側にある女川原発の体育館にしばらくお世話になり、後に聞くと最高1500人の人が避難していたと知りました。体育館の中では部落ごとにまとまって寝泊まりしましたが、本当に女川原発には大変お世話になりました」

こちらの宿の特徴を教えてください
「震災後、2011年の秋から準備を始め、2012年4月にこちらの場所で新たにでオープンしました。部屋は17つございます。短期から長期までお泊まりになれます。またアパートタイプのお部屋ですのでプライバシーも守られ、自由に過ごせます。こちらが浜にあった頃から、あわびやうに、地魚など、ふんだんに海の幸を美味しく食べられる宿として営業していました。現在も旬な魚介類が入るときには夕食でお出しします。そんな美味しい食事ができるのもうちの特徴ですね」

新たなネーミングの由来は何ですか?
「子供たちの名前の漢字を使って名付けました。やはり『海』は、私たちと強い繋がりがある字です」

震災で大変だったと思いますが、良かったと思うことは何かありますか?
「浜にいた頃は、インターネットで予約をいただいていたのですが、現在はそのようなホームページの作成や予約システムなど、なかなか以前と同じようにいかないことは歯がゆい点で、思い通りに行かないこともあります。ですが、また家族一緒にいられることが本当に感謝です。お義母さんも一緒に宿の仕事をしていますし、夫もお義父さんも毎日ここから浜に通っています。みんな一緒に暮らして、一緒に仕事ができることが幸せで嬉しいですし、この新しく暮らし始めたこの場所も、多くの方々と知り合えて、また感謝です」

この地域に何があったらいいですか?
「近くにあったNPOの病院がなくなってしまったので、病院があると嬉しいです。歯医者さんなども近くにあるといいですね」

夢は何ですか?
「三人の子供たちが、将来にどの道を選ぶか分かりませんが、養殖をするのに浜に戻るのもいいし、この宿を継いでいってくれるのもいいですね。今から『これをやりたい、あれをやりたい』と子供たちは言っていますが、彼らの成長や夢が、私の夢ですね」


編集者から

「近くに住むお祖父様、お祖母様も合わせて家族四世代で励まし合いながら、場所が変わっても養殖と宿の仕事を続け、前向きに歩んでいる姿には、バイタリティと頑張る力を感じました。まだ海の怖さはきっとあるでしょう。しかし、毎日子供たちの笑顔が溢れ、苦労があっても前向きでいる家族が、この先も浜の再生とともに生きることができるよう応援していきます」


DATA

宿 海星

所 在 地: 石巻市新成2丁目5-8
TEL: 0225-24-8768

仲間たちに伝えたいこと